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『進撃の巨人』が過大評価される理由

『進撃の巨人』が過大評価される理由


“楽しさ”は主観的なものですが、『進撃の巨人』が過大評価されている理由をいくつか挙げることはできます。

ーー 注意 ーー
以下は、マンガ『進撃の巨人』の結末のネタバレを含みます。

『進撃の巨人』シリーズは、日本国内外を問わず、どれほどの人気を博しているか、言い尽くすことができません。特に2013年にアニメが放映開始されて以来、”少年”層の主力作品となっています。
その後、ファン層を維持するだけでなく大幅に拡大し、最終章(『進撃の巨人 FINAL SEASON PART2』)は2023年内にようやく公開される予定です。

しかし、これほどの大作になったシリーズはそれがどんな作品であろうと、むしろ大作であるがゆえに、数々の欠点は、より一層目立ってしまうものです。
特に10年に一つあるかないかの(あるいは歴代の)ベストアニメのリストに載るような作品に、これら欠点が頻繁に登場することを考えると、なおさらです。
主観的な意見に議論の余地を挟むことは基本的に無駄な事です。–結局のところ、どんなアニメも何が楽しいかは、見る人の目の中にあるのだから。
しかし、なぜ『進撃の巨人』が過大評価されていると考える人達がいるのか、その理由をいくつか挙げることはできます。

プロットは”唯一無二”ではない

多くのファンが『進撃の巨人』のストーリーは衝撃的で型破りだと言うようですが、その前提となっているものは決して唯一無二なものではありません。
そのタイトル通り、『進撃の巨人』は人類が巨人(突如現れた死と破壊をもたらす人食い巨人)に立ち向かう姿を描いています。
このアニメにはいくつかのストーリー編やサブプロットがありますが、メインとなるモンスターとその生存者の物語は、アニメでは『BLUE GENDER』(1999)から『CLAYMORE』(2007)、映画では『ゴジラ』やギレルモ・デル・トロ監督の『パシフィック・リム』など、これまで様々なメディアで何度も描かれてきたものです。

一方、2021年4月にマンガの最終巻が発売された際に明らかになった『進撃の巨人』の結末は、他の作品が多数のメディアで繰り返されてきた結末と同じにもかかわらず、史上最大のどんでん返しとしてファンからしばしば賞賛されます。
ここでは、メインキャラで時に主人公でもあるエレン・イェーガーが、人類の20パーセントを救うためにわざと悪役を引き受け、アルミンやミカサといった他のキャラクターに自分を殺させることでアルミン達が人類の救世主として祀り上げられることが明らかにされています。
これはもちろん、2006~08年の『コードギアス』におけるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの長期計画と策略に酷似しています。

 

ストーリーが “良い “ものになるまでに時間がかかりすぎる。



『進撃の巨人』ファンの主な主張の一つは、物語、特にアニメが本当に盛り上がるのは第1期以降だというものです。この主張の本質的な問題は、最高の物語は、観客がそれを経験し始めた瞬間から完全に魅力的であるべきだということです。
確かに『進撃の巨人』のストーリーやキャストはシリーズが進むにつれて複雑になっていきますが、最高の作品の1つであるはずのアニメがこのような問題を抱えるのは奇妙なことです。
また、プロットやキャラクター設定の面で、見過ごすことのできない初期の失敗を強く示唆しています–たとえば、テンポの悪さや、しばしば迫力に欠けるキャラクター展開など。

さらに、『進撃の巨人』は第1期以降から見る価値があるものへ変貌するという主張を額面通りに受け取るなら、視聴者は(1期の終わる)25話まで長くつらい視聴の末、ようやく純粋な感情移入をすることができるという事になります。
それを考慮すると、最初に8時間以上を費やすことになり、特にこのような暗いテーマとメッセージのシリーズでは、約束された感情的な見返りを得ようとする人にとっては、不当に高い注文(視聴時間)となります。

 

衝撃(による視聴者への興味の引き付け)の材料となるようなバイオレンスを頻繁に見せる

最後になりますが、『進撃の巨人』が定期的に描写する暴力や血しぶきなどは、容赦がないだけでなく、しばしば単に不必要なものです。どんな作品であれ、悲劇や死や破壊を必要以上に描き過ぎると、観客の感覚を麻痺させ、(人が死のうがどうなろうが)もうどうでもよくなってしまうものです。
良くも悪くも、『進撃の巨人』は、巨人や腐敗した人間による流血や残虐行為によって、緊張感や興奮を与えてくれるシリーズなのです。

その結果、キャストの多くが一つ一つのアクションの激しさを伝えるため、セリフの8割が”叫んで”いるだけで、観客の興味を引くための衝撃性に大きく依存したストーリーを伝えているにすぎないのです。
確かに、『進撃の巨人』に明るいキャラクターと陽気なストーリー展開、ポジティブな結果を期待する人はいないでしょう。しかし、暴力が多ければ多いほど深みや意味が増すというわけではありません。特に暴力が純粋にそこにあるからという場合は尚の事です。
この作品の場合、暴力の量と細部描写は、R-18や青年誌的な作品には若すぎるが、『進撃の巨人』のようなダークでエッジの効いた作品には”Wow(ワオ)!”っと驚かされる年齢層の視聴者に迎合するように作られているように思われます。

『進撃の巨人』は必ずしも悪いアニメではありません。確かに、最悪に近い作品とは言えません。しかし、完璧な作品とはほど遠いのです。
多くのファンがいるのと同様に、明らかな欠点も十分にあり、アニメ界の多くにとって、もはや長すぎた存在となったこの全87話を数えるシリーズに、誰もが期待しているわけではないのです。

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